北京冬季五輪開催に反対する声明
2022年1月20日
「オリンピック災害」おことわり連絡会
2022年2月4日から2月20日にかけて、中国・北京市および張家口市を会場として冬季オリンピック大会が、そして3月4日から3月13日にかけて冬季パラリンピック大会が強行されようとしている。
昨年の東京オリンピック・パラリンピック大会を総体として「オリンピック災害」としてとらえ、「いつ、どこにおいてもオリンピックはいらない」という声を上げ続けてきた私たちは、この北京冬季オリンピック・パラリンピック大会に対しても、大会の中止とオリンピックの廃止を、強く求めるものである。
北京のオリンピック・パラリンピック大会に対しては、中国における人権や少数民族に対する抑圧政策を取り上げて、アメリカ主導による「外交的ボイコット」が組織され、イギリス・オーストラリア・カナダなどいくつかの国がそれに追随し、日本政府もまた閣僚など「政府高官」の派遣を見送ると表明した。それは政治的・軍事的な対中国包囲網の形成をもくろむアメリカと、それに追随する国家群による、「オリンピック」の理念に名を借りた政治圧力にほかならない。
他方IOCのバッハ会長は、政府高官による性暴力を告発した女子テニス選手と「ビデオ通話」をおこない、「安全を確認した」と発表。またパウンド委員は大会運営に関して中国は「非常にいい国だ」「人権問題については知らなかった」などと述べた。これらIOC幹部の対応が示しているのは、かれらオリンピック・マフィアにとって、大会の「順調」な開催こそが唯一の目的であり、そのためにはいわゆる「人権」の建前さえもかなぐり捨てて恥じないという醜悪な姿勢である。
しかし、中国において、オリンピックのために、人びとの生活や人権が破壊されていることは事実だ。
オリンピック競技の中核施設が建設される地域では、村が丸ごと移転させられたり、市街地が破壊され、「まだ補償金も支払われていないのに、取り壊しだけは進んでいる」という状況があるという。2008年の北京オリンピックに際しても、都市の様相を一変させる大規模な改造が強行され、急速なジェントリフィケーションが進んだ。同時に、人権活動家やジャーナリスト、人権派の弁護士などに対して厳しい監視と弾圧がおこなわれた。警察は、一切の司法手続きもなしに人びとを拘束した。街頭での行動は制限され、「許可地域」であるはずの地域でもデモの申請が却下され、申請者が拘束された。土地問題に取り組んでいる活動家は、「オリンピックではなく人権が欲しい」という署名運動を呼びかけたことが「国家転覆扇動罪」に問われて実刑判決を受けた。
いま現在の中国においても、大会の「成功」をめざす強権的体制の下で、民衆の声を圧殺する同様な事態が進行していることは間違いないだろう。しかし、ここでおこっている人権抑圧は、けっして中国においてのみ起きている「災害」なのではない。オリンピックが強行される地域においては、さまざまなかたちをとって、つねにどこでも起きている事態にほかならない。私たちはその現実を、東京でも、その他の地域においても、いやというほど目にしてきたはずだ。世界で広がっているオリンピック開催反対の声は、このような「犠牲」を強いられている各地の人びとによって上げられているのだ。私たちも、これらの人びととともに、オリンピックこそ人びとの生活や人権を踏みにじるナショナルイベントであり、それは廃止されなければならないと訴え続けていかなければならない。
さらに、北京も張家口も、日本の対中侵略戦争において、軍事占領のもとで対日協力のための「かいらい政権」の「首都」が置かれた歴史がある。中国への侵略責任を清算せず、被害当事者への補償も拒否し続けている日本国家が、オリンピックの「理念」を美しく語り、「人権」を口にして排外主義的感性を煽り、中国に対する圧力を正当化することも、また許されてよいはずがない。
アメリカも、それに追随する日本を含む国ぐにも、自らも共有してきたナショナルイベントがもたらしてきた「災害」には目をつぶり、よその国の人びとに加えられている国家と資本の暴力の「野蛮」さだけを政治的に利用しているのである。「五輪はいいもの、だから、悪い国でやってはいけない」のではなく、「五輪は悪いもの、だから、どの国でもやってはいけない」というのが私たちの立場だ。オリンピックそのものが、人びとの生活や人権を破壊し続ける。オリンピックはいつ、どこにおいても開催されてはならない。オリンピックは今すぐ廃止だ。