(10月1日)『BS1スペシャル河瀬直美が見つめた東京五輪』に関する再度の抗議と質問の申し入れ

(ブログ編集部前書き) 10月1日付で、下記の抗議申し入れをNHKに提出しました。これに対して、NHKから2022年10月5日にNHK視聴者局名で回答がありました。回答全文はこちらをごらんください。


2022年10月1日

NHK会長 前田晃伸様

2020「オリンピック災害」おことわり連絡会

2021年12月26日放送NHK『BS1スペシャル河瀬直美が見つめた東京五輪』につき、本年2月より審議されていたBPOによる意見書が9月9日に発表された。私たちは本件の「五輪反対デモ」の当事者であり、また同番組の問題をいち早く指摘し、分析と抗議を続けてきた。今回のBPOによる詳細な調査と勧告を踏まえ、再度NHKに対して抗議を申し入れる。

[意見書に対するNHKの対応]

意見書の冒頭・概要は、同番組は「重大な放送倫理違反」であるとして、単なる事実確認や字幕の問題だけではなく「デモの価値を貶めた」という社会性についてまで踏み込んだものである。しかし当日のNHK NEWS WEBにおいては、NHKのコメントとして「事実に反した内容を放送した最大の要因」を「事実確認をおろそかに」「取材対象者に対する緊張感を欠いて」いたの二点に絞って記載。だが、同日朝日新聞デジタルでは「デモや広い意味での社会運動に対する関心が薄かったと指摘された」ことまで記載されている。自社のサイトで自社のコメントを省略する態度からは、連発される「真摯に受け止め」がまったく感じられず、本年2月にNHKが出した、番組内容にまったく踏み込まない「報告書」と同様、事態を矮小化しようという意図に見える。

[取材のいきさつと番組の編集過程]

BPO意見書本文(以下カッコ内は意見書本文中の該当ページ)は、問題の場面「山谷地区に暮らす男性(以下男性)」に対する公式映画撮影チームのディレクターの一人である島田角栄氏(意見書ではX氏と表記・以下島田氏)の取材・撮影とNHKスタッフの行動が詳細に書かれている(p.3-5)。また山谷の場面以外に問題視された場面・番組終盤での島田氏の「プロの反対側」発言についても、その発言をNHKディレクターが番組内容に反映しようと考えた経緯が記されている(p.5)。これは番組がなぜ問題を起こしたのかを知るための重大な手がかりであり、NHKは2月の報告書に記すべきことだったのではないか。BPOの調査を受けるまで、この経緯を公表しなかったのは不誠実である。

意見書では試写での字幕の変遷(p.6-8)と島田氏への確認(p.7)、さらに[放送後の局の対応]章(p.8-10)でNHKが調査のため男性にコンタクトした様子が説明されている。それによると、編集中に「男性は五輪反対デモに参加したか」「お金をもらったことはあるか」についての確認を求められたディレクターは男性本人にコンタクトしようとせず、島田氏に確認。番組放送後の本年1月に入ってからようやく男性にコンタクトするも、撮影時にも番組内容を説明せず、確認面談時にすら番組の該当箇所すら見せていない(p.16)という。これはNHKのガイドライン違反であり(p.15)、意見書にも「男性は何が問題か認識できていない」とあるが、調査はこれで終了している。そんな杜撰な調査があっていいものか。

この取材対象者の男性に対する信じがたい軽視はいったいなんなのか。「デモ参加者(実際はそうではなかった)」に対する軽視なのか、よもや日雇い労働者に対する軽視なのか。あるいは単なる取材ではなく、この場面がNHKと島田氏が男性を利用してあらかじめ特定の意図をもって作られたことによるものなのか。

また、放送後の島田氏に対する確認(p.7)も両者の言い分が食い違ったまま報告は終了している。NHK側の言い分は島田氏に対して(1)「プロの反対側」は男性のことか(2)男性にボカシをかけなくてよいか(3)男性は五輪反対デモに行く可能性があると述べていたか、であり、島田氏は(1)と(3)を肯定したとしている。島田氏はNHKからそうした確認をされたことはなく、ボカシについて一度聞かれただけだと否定している。

BPOは「”確認”は終了している」とあえて書くことでこの確認が不充分であることを示唆しているが、NHKはこの矛盾をそのままにするのか。この食い違いは、確実にどちらかが、あるいはNHKと島田氏の両方が嘘をついていることになり、倫理判断の場であるBPOのヒアリングに対しても真実を答えていないことになる。もし自社の言い分が正しいのであれば、なぜ島田氏の発言に訂正を求めないのか。島田氏の抗議により即日謝罪している(p.9-10)が、それならNHKが嘘をついており、同じ嘘をBPOのヒアリングでも述べたのか。NHKは島田氏に謝罪したのみでこの確認内容の真否は放棄されたままだ。

さらに重要な「五輪反対デモに行ったことがあるか」については、今回の意見書で初めて、取材後道中にディレクターが男性との会話で「行く可能性は全然ある」を引き出したのが唯一である。それまで再三、しつこいまでに「五輪反対デモに行くか」と聞いては否定されているのに、ここでは録音どころかメモすら取っておらず、島田氏も聞いていなかったこと(p.5)が明らかにされている。当然これもNHK報告書に記載されるべきことであった。そしてなぜやりとりを聞いていなかった島田氏にこの発言について確認し、島田氏が「肯定」したとするのか。こんな明白な矛盾を放置したままでは、番組のみならず報告書もBPOの真相究明に対しての調査にも捏造で回答しているとしかいいようがない。

もちろん私たちは島田氏の方が嘘をついている、あるいは両方が嘘をついている可能性も充分にあると考える。それは以下に述べる「取材対象との距離」の指摘にもあらわれる、ディレクターと島田氏の関係性から推察されることである。

[取材対象との距離感、五輪との一体化/デモ敵視]

意見書では「取材対象者に対する緊張感を欠いていた」として(p.10)男性に対する確認を怠った点のみならず、島田氏との緊張感を欠き、依存している(p.11)と指摘している。つまり男性を軽視し、島田氏とは過剰に距離が近い。さらに意見書は当該ディレクターのみならず、制作全般での「デモや広い意味での社会運動に対する関心の薄さ(p.14)」が本質的な原因であるとまで踏み込んでいる。その傾向は調査されたNHKスタッフ全体に蔓延し、BPO会見では「あっけらかんと」無関心を表明したとまで言われており、この傾向が日常的であることがわかる。

この番組で表出したのは「デモへの関心の薄さ」どころではない。BPOは「結果的に」と保留しているが「デモの価値を貶めた」のである。これを「意図的である」と感じたのは、私たちのみならず、BPOが「世論」として依拠しているSNS上での番組批判にも多くみられた。NHKは島田氏と公式映画と一体となってデモを敵視し、意図的に貶めている。

その根拠のひとつが島田氏の「プロの反対側」発言である。これは2017年にBPOが同じくデモに対する報道への倫理欠如として審議した『ニュース女子』でも使われ、SNS等での「デモはお金で動員」と貶める典型的な語彙である。これを聞いてディレクターは「プロの反対側」に男性を充てることにした(p.6)。このような語彙を当然のごとく使う島田氏からの影響が、彼に密着して緊張感を欠いた状態で「関心のない」デモについて取材しようとするディレクターにどのような作用をしたのか。意見書では「デモやその参加者に対する無意識の偏見や思い込み(p.17)」が背景であるとされており、無意識にせよ意図的にせよ、偏見があったのは明白である。

意見書では触れられていないが、本番組では男性の場面、「プロの反対側」と並び、むしろそれ以上の問題性をもつ場面がある。番組前編のJOC前のデモを隠し撮りした公式映画総監督・河瀬直美氏が、そののち車の中で「オリンピックに関わる人が一生懸命やっているのに感動し、その人たちに寄り添うのは人間として当たり前」と苛立ちを隠そうともせず発言する場面である。これはSNSでも即座に「デモをして反対するのは人間として当たり前ではないのか」と、河瀬氏ならびに公式映画の社会性・倫理観の欠如が批判された。しかし河瀬氏・島田氏のその後の対応をみても、また公式映画における私たちや他のデモの取り扱いをみても、彼らがデモに対して一片の敬意すら持っていないことは明らかだ。

番組はタイトルのごとく河瀬氏の公式映画撮影に密着取材することがコンセプトであり、五輪に対する社会の反応を撮影しているのは島田氏の場面だけではない。そもそも河瀬氏の公式映画はSIDE:AとSIDE:Bに分かれ、Bは「競技場の外」を中心に編集されている。撮影に密着するNHKも頻繁に同行しているし、番組全体が「映画チームとNHKの映像をない交ぜ(p.2)」にしている。

「取材対象との距離感」として意見書は男性と島田氏を対象としているが、オリンピック組織も公式映画とNHK両方の取材対象であり、デモや反対運動も取材対象である。実際はデモに参加していなかった男性ではなく、現に行われていたオリンピック反対の複数のデモは河瀬氏とNHKにより撮影され、いっさい断りなく映像を使用され(河瀬氏は使用拒否にもかかわらず使用し)、番組放送後にデモの描き方が問題視されてもデモ主催者にはなんら確認もなく、報告書に記載もせず、今回まで謝罪はいっさいなかった。私たちや共催の各団体、あるいは参加者個人が放送後何度も申し入れや質問状を出しているというのにだ。

もっとも軽視・敵視され、無視されている取材対象は反対デモではないか。

[NHKと五輪]

一方、皮肉にも番組中で島田氏が河瀬氏とバッハ会長の「距離が近すぎる」と指摘したが、実際は島田氏とNHKも同様に、取材対象である五輪に緊張感なく密着し、共存している。

公式映画もNHKも当然五輪の組織に組み込まれており、いかに社会の批判的視点を取り入れたふりをしようとも、もともとスタンスが五輪の外にはありえないのだ。その発露が番組中での屈指の問題発言である河瀬氏の「オリンピックを招致したのは私たち日本人」であり、実際に(お金で)招致したJOC、日本政府の意向を社会全体に押し付けて当然という思考回路ではないか。意見書でも「NHKの五輪関連の伝え方には本件以前からさまざまな批判が投げ掛けられ(p.16)」とし「何らかの意図が局側で働いた」としている。「取材相手と社会に対するリスペクトを失わないこと」が重要であると結論されているが、現状すでにリスペクトがないからこその指摘ではないか。

大量の五輪競技放送をおこなうNHK全体が、そして本番組の制作者が、河瀬氏・島田氏とともに五輪の側に立ち、自分たちのレゾンデートルである五輪に反対するデモを「人間として当たり前」ではない、として敵視し、映像と放送という権力を使って「民意の重要な発露としての市民の活動(p.14)」を偏見をもって貶めたのだ。

BPOもこれは本番組に限ったことではなく、NHK全体の問題ではないか、と疑義を呈しているが、体制寄りのスタンスを崩さず、反対する市民の活動を尊重しない態度は、まさに『ニュース女子』と同じである。それ以上に公共放送であるNHKは、その機能を政権と「距離が近すぎる」ものに変質させてきた。代表的な発言が籾井元会長の就任あいさつ「政府が白というものを黒というわけにはいかない」であり、この傾向は今やますます強まっている。だから政府が「アンダーコントロール」「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」と言ったオリンピックという国策イベントを、黒とは決して言わない。

BPOの意見書は予想以上に踏み込んだものであり、当該番組関係者だけでなくNHK全体として、口先だけで「真摯に受け止め」るのではなく、徹底的に猛省すべきである。それでも意見書にはまだ不充分な点が多々ある。島田氏との発言の矛盾をそのままにしていること、悪意や偏見を断定しきっていない、河瀬氏への取材がもつ影響力、公式映画との関係性、最大のものはオリンピックに対する翼賛姿勢である。これらの背景があるからこそ、「字幕捏造」にはじまるデモへの悪意が発散したと私たちは考える。

以上に基づいて、NHKに対して質問と要求を送る。NHKは総務省勧告を受け、たったひとこと「デモ主催者や参加者にもお詫び」と謝罪の一行を入れたが、具体性のない形式的なものにすぎない。一般論や報告書・コメントのコピーに逃げず、「真摯に」回答していただきたい。

要請:BPOの放送倫理違反という指摘を受けて、「デモや社会問題の取り扱いについてBPO委員などからレクを検討」とNHKは発表しているが、当該のデモ主催者の意見を聞くつもりはあるのか。

本意見書ならびに総務省勧告を受けての「謝罪」も、NHKメディア総局長の会見で「監督の河瀬直美さん及び公式記録映画関係者のみなさま」に真っ先に触れ、その次に「インタビューに答えていただいた男性など取材にご協力いただいた方々」、最後に「五輪反対デモに参加したり主催されたりした方々」という扱いである。

このような扱いは「五輪反対デモに参加したり主催されたりした方々」を侮辱し、河瀬直美氏や公式記録映画関係者より五輪反対デモに参加したり主催されたりした方々を軽く見るNHKの体質が現れたものと判断せざるを得ない。

これまでも私たちからの申し入れや質問状に対して、NHKは不誠実な対応を繰り返してきた。今回のBPO指摘を踏まえ、NHKとしてデモの主催者に対して謝罪と説明の場を設けるべきである。

広報だけでなく、番組制作担当者を含め、私たちとの面談に応じていただきたい。

この要請を検討するつもりはあるのか。可否を回答してください。

併せて以下質問につき、10月7日(金)までの回答を願います。イエス・ノーで回答できる質問(1,2,4,5,6)については、本文の前にまずイエス・ノーを答える形で記入してください。

〈調査を追加し、結果を公表すべき点〉

1.前文にも書いたように、男性の発言、その確認についてNHKと島田氏の言い分は矛盾したままである。また「プロの反対側」についても見解が異なっている。これでは調査として結果が出たとはとても言えない。島田氏とディレクターへの再度の調査をするつもりはあるか。

2.NHKは2月の報告書を作る際もデモ主催者への聞き取りは行っていない。私たちの申し入れ、会見に対し、NHKは記者として取材して名刺交換もしているにもかかわらずだ。デモ主催者を含めた再調査をするつもりはあるか。

3.番組中、島田氏の撮影素材を河瀬氏が見る場面が後編の結論部分として展開されている。ここで河瀬氏が問題の男性の場面を見たか否かは、番組のみならず、公式映画のオリンピック反対派への偏見の有無を判断する重要な要素である。BPOは「当該場面は含まれていない」とあるが、視聴者からは河瀬氏のタブレット画面などから「当該場面を見ている」との指摘が多数なされている。見ていないという証拠を提示していただきたい。

〈BPOヒアリングへの対応について〉

4.BPOのヒアリングの対象者(人物名)・日時・内容、および提出資料等をNHKの公式WEBで公開する予定はあるか。河瀬氏・島田氏へのヒアリングにNHKは同席していたのか。

ヒアリング内容を公開しないつもりならその理由を説明せよ。結果は出たのだから、BPOの調査の支障になることもないだろう。

5.BPOにはヒアリング等で協力しながら、オリンピック反対派の事実関係を確認する質問に対し、誠実に答えなかった理由はどこにあるのか。

「五輪反対デモに参加したり主催されたりした方々」に「深くお詫び申し上げる」気があるなら、今からでも各団体から寄せられた公開質問状の質問事項に回答すべきであるが、その予定はあるか。

〈今後の対応〉

6.今回の「五輪反対デモに参加したり主催されたりした方々」への謝罪はおざなりに名前を付け加えたにすぎない。本来ならNHKメディア総局長の会見で済ませずに、NHK会長名で謝罪をし、それをNHK公式WEBに載せるべきと考えるが、今後掲載を検討しているか。そうしないのであれば、理由は何か。説明せよ。

7.BPOの指摘を踏まえ、NHK大阪放送局として検証番組を作成し、公開すべきと考えるがNHKの見解を示せ。

8.今回の捏造報道の根源には、NHKのオリンピック・パラリンピックに対する報道姿勢が存在している。オリパラに対して功罪両面を報道すべきところが、ほとんど翼賛的ともいいうる報道姿勢に終始したため、反対デモに対しても予断と偏見を持ってしか報道できず、捏造報道を招いたのだ。この報道姿勢を真摯に振り返ることなく、小手先の技術論で真相を隠蔽すれば、第二、第三の捏造報道を断ち切ることはできない。その点についてどう考えるのか、明らかにされたい。当該番組に限定することなく、オリパラ放送全体についての態度を問うものである。